REPORT
連続講座 スライドで楽しむ物語の世界

  

2013年 第3回 運命の騎士』
         ローズマリ・サトクリフ著/猪熊葉子訳/岩波少年文庫
                    

「読書会」報告 
(2013年10月23日)

   

 第3回読書会は、14名の参加で、行われました。
『運命の騎士』は、ノルマン人がイギリスを征服した頃のお話です。1066年征服王ウィリアムが王位に付き21年間君臨したのち、3人の息子のうち赤顔(ルーファス)と呼ばれた次男のウィリアムに王位を譲りますが、その死後3人の息子たちの間に王位をめぐって争いが起こった時代を背景としています。
主人公、みなしごで犬飼いのランダルは、誰にも見返られることのない子ども時代を過ごしていましたが、ある事件をきっかけに楽人エルルアンに助けられ、騎士エベラードの下で孫のベービスの小姓として生きることになるのです。ディーンという荘園での生活の中でランダルは騎士エベラードに忠誠を捧げ、ベービスを愛するようになり、ディーンに人間としての「根」を感じるようになっていきます。ランダルの成長とともに、征服者のノルマン人と、被征服者のサクソン人が1つになっていく過程が描かれて、サトクリフの筆は、ランダルの存在やその生きる時代を実在感をもって、生き生きと描き出して見せてくれます。
参加者の皆さんは、この本を一晩で夢中で読んでしまったという人から、借りては返し、また借りては返しして苦労しながら、でもある時から一気に読めた、という人まで
様々でした。でも一様に心を強く揺さぶられる、力を持った作品と感じたようでした。


 ☆参加者の感想を紹介いたします。

*歴史がしっかり書かれていることによって、こういう少年がいてもおかしくない、という実在感がある。『太陽の戦士』(サトクリフ/岩波書店)の石斧が出てきたり、ほかの作品とのつながりを感じた。
*はるか昔の異国の話にもかかわらず、身近に感じられるのは、詩的な表現や自然の描写が美しいからだと思う。またそれだけに止まらない骨太なストーリーだ。
*最初、サトクリフの本は時代背景やお城のイメージが浮かばなかったが、だんだんわかってくると読めるようになってきた。スライドで見たヒースの色、ウイキョウ(フェンネル)、マンネンロウ(ローズマリー)などもわかると楽しい(実際に花の咲いているローズマリーとフェンネルも持参して皆さんに見せてくださいました)。
*人が生きて行く上での運命の力を感じた。ランダルが命をつなぐためだけに生きた10歳まで、そして心の成長を遂げた10〜22歳。ランダルは誰かに肩を揺すぶられるごとに1つずつ成長していくと思った。
*不用意に発した大人の言葉が子どもを傷つけるが、子どもはそこから立ち上がっていく強さも持っている。エルルアンとランダルが再会する場面も甘くならず、それでいて情が感じられた。
*イギリスのイメージはグレーだったが、色彩のカラフルな表現が出てきて、イメージが変わってきた。またサトクリフは難しいというイメージもあったが、読んでみたらおもしろかった。
*まだイギリスとも言えない時代、帰る家もない状況の中でエルルアンに会ったことから運命が開けて行く。争いとは離れたところでの崇高な成長を感じたし、争いのばかばかしさも感じた。そこに常に犬が出てきた。
*小学生は読めるのだろうか。琥珀を盗んだのは、本当は盗みたくないのに盗んだと思えた。でも許されることで次に進めた。夜の場面では、自分がそこにいるような気がした。(小金沢)

←ディーン荘園の一画です。



2013年 第3回 『運命の騎士』
       ローズマリ・サトクリフ著/猪熊葉子訳/岩波少年文庫


◎「スライドの会」報告 (2013年10月31日)

 今年度最後のスライドの会(第3回)は、昨年度も先生にお話ししていただきました『第九軍団のワシ』の作者、ローズマリー・サトクリフの作品の『運命の騎士』です。ノルマン王朝、中世の時代の中で、孤児ランダルが騎士へと成長していく姿に思いを馳せて、今回どのような映像に出会えるか、楽しみにしていました。
 前半は、歴史や物語に登場する実在の人物など、時代背景と物語のあらすじを、先生が丁寧に解説してくださいました。後半、スライドの旅の始まりは、センラックの戦いが描かれた「バイユーのタペストリー」の色鮮やかな映像です。70mもの長さがあり、またの名を「王妃マチルダのタペストリー」とも言われていましたが、バイユー修道院の司教オドンによるものだそうです。昔々人は、洞窟に描き、石に刻み、そして布に刺繍で物語を織り込み、後世に伝えようとする強い信念は、いつの世も同じなのだと感じました。
 次は、ランダルの物語の出発点、アランデル城です。中世の姿を残す古城は、現在、ノフォーク公が居城しているそうです。さて、ランダルがイチジクを落としてしまったあの門は?・・・実は、城には複の門があり、岩波少年文庫の表紙カバーになっている先生のお写真は、本丸の門で、現在、その門からは、中に入ることはできないのだそうです。門の上方の窓から、犬飼いランダルが怖々と覗いている姿が見えるようでした。
 先住民の王が眠るとされたイバラが丘(Bramble Hill)のイバラとは、サンザシのことで、実際に丘のあちらこちらに淡いピンク色の花をつけた木が群生していました。イバラが丘のLancing Ringからディーン荘園のモデルとなったとされるクームズ(Coombes)へと向かう途中、作中の表現そのものの、「丘陵の綾線がクジラの背のようにうねっているような谷」が広がります。目印になる木が一本もないので、先生は、地図を頼りにいくつものフットパス(通行権)のゲートを通り抜け、いよいよディーン荘園に。ランダルとベービスが一緒に過ごした場所、領主として人々を守っていくことを決心させたこの荘園は、今では牧羊の農場になっていました。何と多い時で、羊の数が1500頭にもなるそうです。命を育む場所となった荘園の今に、物語が繋がっているように思えました。そして、教会の窓下の壁に、刀傷のような痕が・・・?ベービスのような中世の騎士がつけたものかもしれないという先生のお話しに、想像がさらに広がるようでした。ド・ブローズのブランバー城は、城壁の一部のみで、ノルマン様式の教会が残っているだけでした。
 スライドは、ランダルとベービスが共に戦い、ベービスとの悲しい別れの地でもある、フランス、ノルマンディ地方のタンシュブレー城跡へと続き、途中のタンシュブレーの洗濯場の幽霊話には、背筋がぞくっとしました。その後もウイリアム征服王の城、カーンの男子修道院やマチルダの女子修道院など、ゆかりの数々の映像を見せていただきました。
 最後は、アランデル城近くにある、サトクリフの家です。素晴らしい作品を紡ぎだしたその場所は、まるで石灰岩を思わせる白色の楚々とした佇まいをしていました。
 イギリスの歴史と豊かな自然、サトクリフの想像の源がここにあることを確信したスライドの旅でした。(高橋徳)


※タンシュブレ城址です。→





  
  

   

         
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