REPORT
連続講座 スライドで楽しむ物語の世界

  

2013年 第2回 トムは真夜中の庭で』
           フィリパ・ピアス著/高杉一郎訳/岩波書店
                    

「読書会」報告 
(2013年7月3日)

   

 第2回読書会の『トムは真夜中の庭で』は、1952年にフィリパ・ピアスによって書かれ、当時からタイムファンタジーの傑作と称せられている作品です。
トムは、弟がはしかに罹ったために、休暇中親戚の家に預けられます。その家は、昔大邸宅のあった家を改造したアパートでした。友達もなく、退屈しきっていたトムは、真夜中に古時計が13時を告げた時、誘い出されるように裏庭に出ていきます。そこには昼間なかったヴィクトリア朝の美しい庭園が広がっていました。毎夜、13時になると庭園に出ていくトムは、不思議な少女ハティと出会い、楽しい時を過ごします。
かつてピアス自身が少女期をすごし、強い思い入れを抱いていた庭園。それを彷彿とさせる美しい田園風景の中で、時空を超えてトムとハティは友情を深めていきます。会う度に大人の女性に成長していくハティ、一方子どものままでいつづけるトム。やがて別れがやってきます。
「時とは何か」という抽象的なテーマを、理屈っぽく語るのではなく、主人公をタイムスリップさせ、異空間に身を置くことで、「時」の謎に迫ろうとします。前半の楽しく幻想的な世界とは対照的に、後半の推理小説を思わせるスリリングな展開は、一気に読者を緊迫した物語の世界に引き入れます。

 ☆参加者の感想を紹介いたします。

*自然描写が美しい。これでもか、これでもかと描かれる美しい庭園風景は、作者の強いあこがれを伺わせ、羨ましくなる。また、繊細な挿絵(アインツィヒ画)は物語にマッチしているし、楽しめる。
*登場人物がいずれも個性的で、心理描写もよく描かれている。
*ハティとトムがスケートで川を下っていく場面や、トムとバーソロミュー夫人との対面の場面が印象に残ったという人が多かった。
*トムがいつまでも幻の庭園にとどまることができなかったように、永遠に〈子どもでいる〉ことのできない悲しさが感じられて、切なくなる。
*大人になることの悲しさと老いることの意味をつきつけられた感じがした。
*この本は癒しの本かもしれない。
*本作品に出会った年齢によって、この作品への向き合い方、好きさ加減が違ってくると思う。
*大人になっていくハティをなすすべもなく見つめる〈子ども〉のトム。トムは絶望に近い哀しみにおそわれ、闇の中でハティを求めて泣き叫ぶところは胸に迫ってきた。
*トムは異空間にタイムスリップすることで、成長できたと思う。


 参加者が色々な角度から、この作品を楽しんだ読書会となりました。そして、各自が味わった読後感を、より一層深めることができたのではないでしょうか。(徳江)

※イーリーの大聖堂です。



2013年 第2回 『トムは真夜中の庭で』
            フィリパ・ピアス著/高杉一郎訳/岩波書店


◎「スライドの会」報告 (2013年7月10日)

 楽しみにしていた第2回スライドの会『トムは真夜中の庭で』は、作者のフィリッパ・ピアスの人生を年譜より追うことから始まりました。
フィリッパ・ピアスは、ケンブリッジ近郊のグレート・シェルフィールドに、4人兄姉の末っ子として生まれました。ケム川の片側に製粉工場があり、その反対側に製粉業者の家族が暮らしていたキングズミル屋敷がありました。その屋敷には広大で隔離された美しい庭園があり、そこが兄姉の遊び場でした。そして、最後の製粉業者だったピアスの父親が引退した際に、水車場を売却し、ミル屋敷と庭園も売却しました。
その当時、フィリッパ・ピアスには庭園の行き先が芳しくないように思われて、庭園が失われるであろうという仮定のもとに、庭園と結び付けて、『トムは真夜中の庭で』を書いたそうです。1880年代、父が、兄弟姉妹とそこでどんな風に遊んだかを話してくれたことを思い出しながら、父の子ども時代のヴィクトリア朝の庭園をハティの庭園として描きました。
かつて温室のドアがついていたところの近くに、大きく刈り込んだつげの茂みが在り、祖父の時代にはそこには口のような非常に大きな穴が開いていて、夏になると赤いゼラニュウムの咲いた鉢が芝生に面して並べられるようにと周りが刈り込まれていましたが、
フィリッパ・ピアスの時代になるとそれはただの穴で、ゼラニュウムはありませんでした。現在は、穴の陰りの部分を見ることができるだけだそうです。
 この物語が単なる創造の産物ではなく身近に感じられるのは、実際に存在する庭がモデルになっている所為かもしれません。
 作品自体も、トムが時間を追及する中で、ハティの成長を見るとともに幼年時代の終焉をみてしまい、ハティの庭の消滅につながってく。止めることのできない子どもの成長をこの庭を通して見せてくれているように感じました。
 池田先生は、何度かこの庭を訪れていて、フィリッパ・ピアス本人との出会いのエピソードもお話くださいました。
スライドの中の庭も、所有者が変わる度に変化していて、止めることのできない時を感じさせてくれました。(小川)



※画像は、ピアスが子どもの頃遊んだケム川です。
  
  

   

         
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